「想い」の伝え方は分かった。では実際、社長たちはどう形にしたのか

社長の「想い」をブランディングデザインに落とし込む基本的な考え方や進め方については、姉妹記事「デザインで会社の「想い」をカタチに。共感を呼ぶブランディング」(本サイト内の別記事)で詳しく解説しています。

「想いが大切」ということは理解できても、実際に自分の会社の場合、その想いをどう言葉にし、どうデザインに変換すればいいのか、具体的なイメージが湧かないという社長は少なくありません。

そこで本記事では、いくつかの業種を例に、実際に社長の想いがどのようにブランディングデザインへと形を変えていったかを、具体的な事例としてご紹介します。


ケース1:3代目社長が継いだ町工場 — 「技術力」から「ものづくりへの誠実さ」へ

金属加工を営む町工場の3代目社長のケースです。先代からの引き継ぎで、会社案内には「高精度加工」「短納期対応」といった技術的な強みばかりが並んでいました。

想いを掘り起こすヒアリング

デザイナーとの対話の中で、社長が本当に大切にしていたのは、技術力そのものよりも「一つひとつの部品が、どこかで誰かの生活を支えているという実感」だったことが見えてきました。

デザインへの落とし込み

ロゴマークに、部品が組み合わさって一つの製品になっていく様子を抽象化したモチーフを採用し、コーポレートサイトのトップページには「この部品は、どこで使われているか」を辿れるストーリーページを新設しました。技術力のアピールから、ものづくりへの誠実さを伝える構成へと転換したことで、採用サイト経由での応募者数が増加しました。

その後、社長自身も面接の場で同じエピソードを語るようになり、会社案内と面接での言葉が一致していることが、入社後のミスマッチの減少にもつながったといいます。


ケース2:創業者が高齢化した地方の旅館 — 「おもてなし」を次世代の言葉に翻訳

創業50年の老舗旅館の2代目女将のケースです。「おもてなしの心」という言葉は代々大切にされてきましたが、若い世代の顧客にはやや古臭く、抽象的に響いてしまう課題がありました。

想いを掘り起こすヒアリング

女将自身の言葉を丁寧に聞いていくと、「お客様が旅の疲れを忘れて、子供の頃のようにくつろげる時間を作りたい」という、より具体的な情景が見えてきました。

デザインへの落とし込み

「おもてなし」という言葉をそのまま使うのではなく、「大人がもう一度、無邪気になれる宿」というコンセプトに翻訳し、写真も従来のかしこまった接客シーンから、お客様が心から寛いでいる自然な表情を捉えたものに一新しました。

抽象的な理念の言葉を、次世代の顧客にも伝わる具体的な情景の言葉に翻訳することが、老舗の想いを風化させずに継承するための鍵になった事例です。

翻訳された言葉は、女将の頭の中だけでなく、若手スタッフの接客研修の教材としても使われるようになり、世代を超えて「おもてなし」の実質が引き継がれていく土台になりました。


ケース3:脱サラして起業した青果店 — 「なぜこの仕事を選んだか」を軸にする

大手企業を辞めて地元で青果店を開業した経営者のケースです。開業当初は「新鮮・安い」という一般的な訴求文句を掲げていましたが、近隣のスーパーとの価格競争に埋もれてしまっていました。

想いを掘り起こすヒアリング

経営者に開業のきっかけを尋ねると、「祖父母が営んでいた八百屋が、地域の高齢者にとって唯一の外出先兼交流の場になっていたことに感銘を受けた」という原体験が語られました。

デザインへの落とし込み

価格の安さを訴求する広告から、「立ち寄って世間話ができる八百屋」というコンセプトを前面に出したロゴと店頭POPに変更し、店内には常連客とのやり取りを紹介する手書きの掲示板コーナーを設けました。価格競争の土俵から降り、地域コミュニティの拠点としての価値を打ち出したことで、リピーターの来店頻度が向上しました。

近隣のスーパーとの価格比較では語れなかった魅力が、店主自身の言葉によって初めて顧客に届くようになった好例です。


ケース4:女性ばかりの職場を作った美容室オーナー — 「働きやすさ」を採用ブランディングに

出産・子育てを経験したオーナー美容師が独立して開業したケースです。技術力の高さは評判でしたが、採用面では他店との差別化ができず、スタッフの採用に苦戦していました。

想いを掘り起こすヒアリング

オーナー自身が「自分が子育てと両立できずに前職を辞めた経験から、同じ思いをする美容師を減らしたい」という強い動機を持っていることが分かりました。

デザインへの落とし込み

採用サイトのメインメッセージを「技術が学べるサロン」から「子育てをしながらキャリアを続けられるサロン」に変更し、時短勤務スタッフの1日のスケジュールを写真付きで紹介するコンテンツを追加しました。

技術力という同業他社と比較されやすい訴求軸から、オーナー自身の経験に基づく独自の価値観を軸にした訴求へ転換したことで、同じ悩みを抱えるスタッフからの応募が増加しました。

面接時にオーナー自身の経験を伝えることで、入社前後のギャップが減り、定着率にも良い影響が出ています。


ケース5:先代の急逝で継いだ建設会社の若社長 — 「不安」を「覚悟」の物語に変える

先代の急逝により20代で会社を継ぐことになった建設会社の若社長のケースです。突然の代替わりに、取引先や職人たちの間に不安の声もありました。

想いを掘り起こすヒアリング

若社長自身、当初は経験不足への不安を強く感じていましたが、対話を重ねる中で「先代が大切にしてきた職人への敬意を、自分なりの形で守り続けたい」という覚悟が言葉として固まっていきました。

デザインへの落とし込み

会社案内やサイトのメッセージを、経歴や実績のアピールではなく、若社長自身が先代から学んだことや、これから大切にしたいことを率直に語る手記形式のコンテンツに変更しました。不安を隠すのではなく、覚悟として言語化して見せたことが、取引先や職人たちからの信頼回復につながりました。

先代の実績と自分自身の覚悟、両方を並べて見せる構成にしたことで、世代交代への不安を抱いていた古参の取引先の反応も変わっていきました。


ケース6:脱サラして開業したパン屋 — 「失敗」を隠さず語る

会社員から一念発起してパン屋を開業した経営者のケースです。開業当初、他の人気パン屋と同じような「こだわりの製法」を訴求していましたが、後発の新規店として埋もれてしまっていました。

想いを掘り起こすヒアリング

経営者に話を聞くと、実は開業前に2度の製法の失敗を経験しており、その試行錯誤の過程こそが、今のパンの味に直結していることが分かりました。

デザインへの落とし込み

「失敗しない完璧なこだわり」という無難な訴求ではなく、「2度の失敗を経て辿り着いた配合」という試行錯誤の物語を店頭のポップやSNSで発信する方針に転換しました。完璧さより人間味のある物語が、地域の顧客との距離を縮めるきっかけになりました。

SNSでの発信には常連客から「頑張ってるの知ってるよ」というコメントが寄せられるようになり、失敗談が逆に店への愛着を生む結果になっています。


ケース7:3代続く印刷会社の社長 — 「斜陽産業」という自己認識からの脱却

デジタル化の波を受け、紙媒体の印刷需要が縮小する中で事業を営む印刷会社の3代目社長のケースです。社内には「もう斜陽産業だから」という諦めムードが漂っていました。

想いを掘り起こすヒアリング

社長自身との対話を通じて、「紙でしか伝わらない手触りや重みが、デジタル全盛の時代だからこそ価値を持つはずだ」という、まだ言語化されていなかった確信が見えてきました。

デザインへの落とし込み

会社案内を「印刷技術のご案内」から「紙という体験のご提案」へと再構成し、実際に触れられるサンプル冊子を営業ツールの中心に据えました。斜陽産業という自己認識から、紙ならではの価値を再定義する姿勢へと転換したことで、社内の士気にも変化が生まれました。

若手社員からも「自分たちの仕事の意味が分かった」という声が上がり、採用面接での説明にも同じ言葉が使われるようになっています。


7つのケースに共通する「想いの掘り起こし方」

町工場、旅館、青果店、美容室、建設会社、パン屋、印刷会社と、業種も社長の背景もまったく異なる7つのケースですが、想いを掘り起こすプロセスには共通する型があります。

  • 「なぜこの仕事を始めたのか」という原体験を尋ねる
  • 業界の一般的な訴求文句(安さ、技術力、伝統など)をいったん脇に置いて、社長自身の言葉で語ってもらう
  • 語られた言葉の中から、その社長にしか語れない具体的なエピソードを見つけ出す
  • そのエピソードを、顧客や求職者にも伝わる普遍的な言葉に翻訳する

多くの場合、社長自身が「当たり前すぎて言うまでもない」と思っている個人的な経験の中にこそ、他社には真似のできない独自の想いが眠っています。デザイナーやコンサルタントとの対話は、その「当たり前」を掘り起こし、言語化する作業に他なりません。


想いを言語化する際に陥りやすい落とし穴

想いを掘り起こす過程では、いくつか陥りやすい落とし穴もあります。

一つは、想いを立派な言葉で飾りすぎてしまうことです。「地域社会への貢献」「お客様第一主義」といった、どの会社にも当てはまりそうな一般的な言葉に落ち着いてしまうと、せっかく掘り起こした個人的な原体験の輪郭がぼやけてしまいます。

もう一つは、社長一人の想いだけで完結させ、実際に働くスタッフの共感を得られないまま進めてしまうことです。ケース4の美容室のように、社長の想いがスタッフの実感とも重なっているかを、途中で確認するプロセスを挟むことをお勧めします。

もう一つ見落とされがちなのが、想いを一度言語化して満足し、その後の事業展開や採用方針とすり合わせる作業を怠ってしまうことです。ケース7の印刷会社のように、掘り起こした想いは事業の方向性そのものを見直すきっかけにもなり得るため、言語化した後こそが本当のスタート地点だと捉えておく必要があります。


ブランディングは一度きりの作業ではない

想いを言語化し、デザインに落とし込んだ後も、ブランディングは完成して終わりというものではありません。ケース1の町工場では、最初の会社案内刷新から2年後、採用サイトにも同じトーンを展開し、応募者から「ホームページを見て人柄が伝わってきた」という声が届くようになったといいます。

一度掘り起こした想いは、名刺やパンフレットだけでなく、採用活動、SNS発信、社内報など、社長が接するあらゆる接点に少しずつ広げていくことで、じわじわと効果を発揮していきます。逆に言えば、最初のデザインだけで満足してしまうと、その後の接点で以前のトーンに戻ってしまい、印象がちぐはぐになることもあります。


まとめ:想いは、特別な人だけのものではない

7つのケースに共通しているのは、社長自身が「自分の想いなど、取り立てて語るほどのものではない」と当初は考えていたという点です。しかし、対話を重ねる中で、その人にしかない具体的な経験や覚悟が、確かな言葉として立ち上がってきました。

自分の想いをどう言葉にすればいいか分からないという方は、まず「なぜこの仕事を始めたのか」「なぜ今もこの仕事を続けているのか」を、家族でも社員でも構わないので、誰かに話してみることから始めてみてください。話しているうちに、自分では気づいていなかった言葉の断片が見つかることがあります。

ブランディングデザインの基本的な進め方や、デザイナーとの協業のポイントについては、姉妹記事もあわせてご参照ください。

自分の会社に置き換えて考えるための3つの問いかけ

7つのケースを読んで「自分の会社にも当てはまるかもしれない」と感じた方のために、想いを掘り起こす最初の一歩として使える3つの問いかけを紹介します。

  • この仕事を始めた当時、周囲に反対されたり、無謀だと言われたりした経験はなかったか
  • 今の仕事のやり方の中に、他社が真似しようとしても真似できない「こだわり」や「手間」はないか
  • もし自分が明日引退するとしたら、後を継ぐ人やスタッフに、真っ先に何を伝えたいか

これらの問いに対する答えは、最初はうまく言葉にならないかもしれません。それでも構いません。7つのケースの社長たちも、最初から流暢に語れていたわけではなく、対話を重ねる中で少しずつ言葉の輪郭がはっきりしていきました。



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