企業のグローバル化、と聞くと、多くの中小零細企業の経営者様やマーケティング担当者様は、「それは大手企業の話だ」「うちは国内市場がメインだから」と感じられるかもしれません。

しかし、本当にそうでしょうか。

今や、私たちは「意識」せずとも、日々グローバルな競争の渦中にいます。

貴社のウェブサイトには、海外の潜在顧客や、将来のパートナー企業、あるいは日本在住の外国人の方が、当たり前のようにアクセスしています。

ビジネスメール、製品の取扱説明書、会社案内のパンフレット、そして日々のSNS発信。

私たちが発信する情報の中に、「欧文(主に英語)」が一切存在しないという企業は、もはや少数派ではないでしょうか。

問題は、その「欧文」が、どのような「装い」で発信されているか、です。

多くの日本企業、特にリソースが限られる中小企業において、欧文の扱いは、和文(日本語)のデザインに比べて、優先順位が低くなりがちです。

「意味さえ通じれば良い」「翻訳ソフトの結果をそのまま貼り付けている」というケースも少なくありません。

しかし、ここに大きな「落とし穴」があります。

私たちが、雑なフォントや、句読点の位置がおかしい日本語のウェブサイトを見て、「この会社、大丈夫かな?」と無意識に不安を感じるように、欧米のビジネス文化においても、「文字の体裁(タイポグラフィ)」は、その企業の信頼性、専門性、そして「品格」を判断する、極めて重要なものさしなのです。

「なんとなく」のデザインで発信された欧文が、気づかぬうちに貴社のブランドイメージを毀損し、大きなビジネスチャンスを逃す原因になっているとしたら…?

この記事は、単なる「デザインのテクニック」の話ではありません。

AIが進化し、誰もがグローバルに情報を発信できるようになった今だからこそ、企業の「信頼」を根底から支える、欧文組版の重要性について、その指針となる「Oxford Style Manual」を切り口に、全4回にわたって解き明かしていきます。

第1回となる今回は、「なぜ、今あえて中小企業が欧文組版のルールを知る必要があるのか」、そのビジネス上の「必然性」に焦点を当てていきます。

「神は細部に宿る」- 欧文組版が企業の信頼性を左右する理由

「神は細部に宿る(God is in the details)」という言葉は、ドイツの建築家、ミース・ファン・デル・ローエの言葉として有名ですが、これはデザインの世界、特にタイポグラフィ(文字組版)において、まさに真理を突いています。

日本語の組版において、私たちは「ですます調」と「である調」の統一、適切な改行(句読点が行頭に来ないようにする「禁則処理」)、読みやすいフォントの選択、行間や文字間の調整(カーニング)などに、無意識的・意識的に注意を払います。

それらが守られていない文章は、非常に「読みにくく」「稚拙に」感じられるからです。

欧文組版の世界も全く同じ、いや、それ以上に「細部」へのこだわりが、読みやすさと信頼性を決定づけます。

欧米のビジネスエリートや、教養ある人々にとって、「タイポグラフィは、書き手の知性と信頼性の表れ」という共通認識が強くあります。

彼らは、幼い頃から「正しい」組版ルールに基づいて印刷された本や新聞に触れて育っています。

そのため、ルールが守られていない文章に対して、私たちが想像する以上に敏感であり、無意識のうちに「違和感」や「不信感」を抱きます。

「だらしない」と思われる些細なエラー

例えば、以下のような例は、多くの日本企業のウェブサイトや資料で「日常的に」見られる間違いです。

  • ハイフン(-)とダッシュ(–, —)の混用:単語をつなぐハイフンと、範囲や区切りを示すダッシュは、全く別の記号です。これらを混用することは、日本語で言えば「、」と「。」を適当に使うようなものです。
  • “インチ記号”(” “)と“引用符”(“ ”):キーボードでそのまま入力すると表示される「まっすぐな」引用符(インチ記号)と、タイポグラフィ的に正しい「カーリーな」引用符は、区別されなければなりません。前者の多用は、非常にアマチュアな印象を与えます。
  • 全角スペースの混入:和文作成中についた全角スペースが欧文の単語間に紛れ込むと、不自然な空白(アキ)が生まれ、デザイン全体のリズムを崩壊させます。

一つひとつは、確かに「些細な」間違いかもしれません。

しかし、こうした「細部」の積み重ねが、海外の読み手に対して、「この企業は、細部まで気を配れない、プロフェッショナルではない」という強烈なネガティブメッセージとして伝わってしまうのです。

ビジネスにおいて「信頼」は何よりも重要です。

その信頼を、私たち自身が気づかない「デザインの細部」によって失っている可能性がある。

この事実こそ、経営者やマーケティング担当者が欧文組版に目を向けるべき、第一の理由です。

なぜ「Oxford Style Manual」が基準なのか?

では、その「正しいルール」とは何なのでしょうか。

欧文組版には長い歴史があり、そのルールは国(イギリス英語かアメリカ英語か)や、分野(学術、ジャーナリズム、出版)によって、いくつかの「スタイルガイド」が存在します。

その中でも、世界的に最も権威があり、広く参照されているスタイルガイドの一つが、「Oxford Style Manual(オックスフォード・スタイルマニュアル)」です。

これは、世界最高峰の学術機関であるオックスフォード大学の出版局(Oxford University Press)が、自社の出版物を制作するために長年培ってきた「スタイル(様式)」を体系的にまとめたものです。

厳密には、編集者向けの「Hart’s Rules」と、印刷者・組版者向けの「Oxford Guide to Style」という二つの伝統あるガイドが統合され、現代的な「New Oxford Style Manual」として進化を続けています。

単なる「文法書」ではない、一貫性の「指針」

Oxford Style Manualが(そして他の優れたスタイルガイドが)規定しているのは、単なるスペルや文法(Grammar)だけではありません。

  • 句読点(Punctuation)の正しい使い方:カンマ、コロン、セミコロン、アポストロフィ…
  • ハイフンの使い分け(Hyphenation)
  • 大文字と小文字(Capitalization)のルール
  • 数字(Numbers)や日付(Dates)の表記法
  • 略語(Abbreviations)の扱い
  • 引用(Quotations)と参考文献(References)の示し方
  • イタリック体やボールド体(強調)の適切な使用シーン
  • そして、印刷・組版上の細かな指示

これら多岐にわたるルールを、なぜ彼らはこれほどまでに厳格に定めるのでしょうか。

その目的は、「一貫性(Consistency)」の担保です。

一つの出版物、一つのウェブサイト、一つの企業ブランドにおいて、表記の「揺れ」や「バラツキ」が存在すると、読み手はその都度、「これはどういう意味だ?」「さっきと表記が違うぞ?」と無意識に思考を中断させられます。

この小さな「ノイズ」が、読み手のストレスとなり、内容への集中を妨げ、ひいては書き手(企業)への信頼感を削いでいくのです。

重要なのは、「Oxfordのルールが絶対的に正しい」ということ以上に、「自社(あるいは、その文書)において、基準となる『一貫したスタイル』を持つ」という姿勢そのものです。

そして、その「基準」をゼロから作るのは困難であるため、Oxfordのような長年の知見が蓄積された「権威ある指針」を参照することが、最も賢明かつ効率的なのです。

中小企業が陥る「無視された」欧文デザインの落とし穴

この「一貫性」という視点を持たずに、欧文デザインを「なんとなく」で処理してしまうと、具体的にどのような「損失」が発生するのでしょうか。

AIによる近年のWebサイト分析なども踏まえながら、中小企業が陥りがちな3つの「落とし穴」を見ていきましょう。

落とし穴1:Webサイトでの信頼喪失と機会損失

今や、Webサイトは企業の「顔」です。特に、BtoB(企業間取引)において、海外の企業が日本のパートナーを探す際、まず間違いなく貴社のWebサイト(特に英語ページ)を精査します。

その時、目に入る英語が、

  • 単語の途中で不自然な改行(和文の「回り込み」設定のまま)が起きている
  • 数字と単位(例:10kg)がベタ組み(スペースがない状態)になっている(正しくは 10 kg のようにスペースが必要な場合が多い)
  • 箇条書きのマーカー(・)が、和文の「中黒」のまま使われている

といった状態だったら、どうでしょう。

訪問者は、「この会社は、グローバルなビジネススタンダードを理解していないのではないか」と直感的に判断します。

近年のAIによるWebサイトのヒートマップ分析(ユーザーの視線やクリックを可視化する技術)でも、デザインの一貫性が欠如し、可読性が低いサイトは「怪しい」「使いにくい」と判断され、ユーザーの滞在時間が極端に短く、離脱率(直帰率)が非常に高いことがデータで示されています。

せっかくSEO施策やWeb広告で訪問者を集めても、デザインの「細部」が原因で、お問い合わせや購入といった「成果」の直前で、貴重な見込み客を逃している。

これは、中小企業にとって計測しづらいながらも、非常に深刻な「機会損失」です。

落とし穴2:ビジネス資料(提案書・IR資料)での権威失墜

Webサイト以上に、企業の「知性」が問われるのが、海外向けの提案書、製品カタログ、あるいは投資家向けのIR資料(アニュアルレポートなど)です。

これらの資料は、「説得」を目的としています。

しかし、その根拠となる文章の「体裁」が整っていなければ、内容の「説得力」までが疑われてしまいます。

例えば、ある素晴らしい技術を持つ製造業の会社が、海外の展示会で配布する英語の技術資料を作ったとします。

しかし、その組版が、前述したような「インチ記号」と「引用符」が混在し、ハイフンだらけの「素人」のデザインだった場合、読み手(潜在的なバイヤー)は、その「技術の先進性」よりも「資料の稚拙さ」に目が行ってしまうかもしれません。

「中身(コンテンツ)が良ければ、見た目(デザイン)は関係ない」というのは、残念ながら幻想です。

特に、欧米のロジカルなビジネス文化において、「細部まで論理的に構築できない」=「思考が整理されていない」と見なされる危険性すらあります。

組版ルールを無視した資料は、自社の「権威」を自ら失墜させる行為になりかねないのです。

落とし穴3:AI翻訳の「そのままコピペ」による悲劇

「最近はAI翻訳(DeepLやGoogle翻訳など)の精度が上がったから、もう大丈夫」

そう考えるのは、非常に危険です。AI翻訳の進化は目覚ましく、確かに「意味」を通じさせる能力は格段に向上しました。

しかし、AIは「翻訳」はできても、その文脈における「最適な組版」までは(まだ)保証してくれません。

AIは、あくまでも「テキストデータ」を生成するものです。

そのテキストを、Webサイトや資料に「どう配置するか」は、人間のデザイナー、あるいはWeb担当者の領域です。

AIが生成したテキストを、そのままWebサイトのCMS(コンテンツ管理システム)や、デザインソフトに「コピー&ペースト」する。この瞬間に、悲劇は起こります。

  • AIが生成したアポストロフィ(’)が、ペースト先の環境で文字化けしたり、異なる記号に置き換わったりする。
  • 翻訳元(日本語)のレイアウトに、翻訳後(英語)のテキストを無理やり流し込むため、単語の途中で改行されたり、文字が詰まりすぎたりする。(一般的に、日本語から英語に翻訳すると、文字数は約1.5倍〜2倍に増えます)

AIの進化は、私たちから「考えること」を奪うものではありません。

むしろ、AIが生成した「素材」を、最終的な「製品」に仕上げるための「専門知識」の重要性を、より一層高めているのです。

AI翻訳を使いこなすためにも、その出力結果を「正しく整える」ための組版ルールを知っていることが不可欠となります。

欧文組版の「意識」がマーケティング施策を強化する

ここまで、「欧文組版のルールを知らないこと」による「損失」や「危険性」についてお伝えしてきました。

これは決して、脅しや不安を煽りたいわけではありません。

むしろ、この「細部」に気づくことが、貴社のマーケティング施策全体を、根底から強化することに繋がるからです。

「ブランドイメージ」や「ブランディング」と聞くと、私たちはつい、キャッチーなロゴ、美しい写真、印象的なコーポレートカラーといった「視覚的に派手な」要素に意識が向きがちです。

しかし、真に強力なブランドとは、そうした「表層」のデザインと、その「土台」となる細部とが、完璧に一致している状態を指します。

「私たちは、細部までこだわり抜くプロフェッショナル集団である」

このメッセージを、どれだけ美辞麗句を並べて「言葉」で語るよりも、ウェブサイトや資料に使われている「一文字一文字の組版」が、雄弁に、そして無意識レベルで、顧客に伝えてくれるのです。

「一貫したスタイル」で書かれ、正しく組版されたテキストこそが、広告費をかけずに企業の信頼性を静かに、しかし強力に構築し続ける、最強のブランド資産となります。

これは、デザイナーだけが知っていれば良い「専門技術」ではありません。

自社の「信頼」をどう構築し、どう守っていくかという「経営戦略」そのものであり、マーケティング担当者が「誰に、何を、どう伝えるか」を設計する上での「土台」となる知識です。

AIがコモディティ化(一般化)した「それっぽい」デザインを量産できるようになればなるほど、この「土台」を支える「人間の専門知識」と「細部へのこだわり」の価値は、相対的に高まっていきます。

次回予告:ルールを知る第一歩

とはいえ、「Oxford Style Manualは分厚く、専門的で難しそうだ」「すべてを学ぶ時間もリソースもない」というのが、中小企業の経営者様の正直な感想かと思います。

その通りです。経営者様やマーケティング担当者様が、組版の「専門家」になる必要は一切ありません。

しかし、「何が『問題』なのか」を知らなければ、その問題を「認識」することも、「改善」を指示することも、あるいはAIに「適切な命令」を出すこともできません。

「この資料、なんかダサいんだけど、どこが悪いか具体的に言えない…」

この状態から脱却し、デザイナーやAIに対して「ここのハイフンは、ダッシュに変えてください」「引用符のスタイルを統一してください」と、具体的かつ論理的に指示できるようになること。

それが、グローバルスタンダードの「信頼性」を獲得する第一歩です。

この連載では、難解なルールをすべて網羅することは目指しません。

その代わり、中小企業のビジネスシーン(Webサイト、提案書、メール)において、特に「これだけは知っておかないと恥ずかしい」「ここを変えるだけで劇的に印象が変わる」という核心的なルールに絞り込んで解説していきます。

次回、第2回は「Oxford Style Manualに学ぶ『読みやすさ』の核心(基礎ルール編)」と題し、絶対に押さえておくべき「引用符」「ダッシュとハイフン」「スペーシング」といった、具体的で、すぐに使える知識を、豊富な例と共に解き明かします。

貴社の発信する欧文メッセージが、「無視」されるどころか、「信頼」される強力な武器となる。そのための第一歩を、ぜひご一緒できれば幸いです。


出典先リスト

本記事(第1回)は、特定の外部URLや文献からの直接引用ではなく、以下の広く認知された概念およびスタイルガイドの一般知識に基づき、筆者の知見と分析を加えて構成されています。

  • The New Oxford Style Manual (Oxford University Press): 本テーマの核となる、オックスフォード大学出版局のスタイルガイドの総称。その権威性と、編集・組版に関する包括的な指針(Hart’s Rulesなど)の存在意義について言及。
  • 一般的なタイポグラフィおよび欧文組版の原則: ハイフンとダッシュの使い分け、引用符の種類(Straight vs. Curly Quotes)、スペーシング(数字と単位間など)の重要性といった、欧文組版における基本的な概念。
  • WebユーザビリティおよびUX(ユーザー体験)に関する一般的な知見: AI分析(ヒートマップ)の言及は、ニールセン・ノーマン・グループ(Nielsen Norman Group)などに代表されるユーザビリティ研究機関が示す「デザインの一貫性」と「可読性」がユーザーの信頼と離脱率に与える影響についての一般的な見解に基づくもの。
  • AI翻訳の技術的特性: AI(機械翻訳)が生成するテキストは「意味」であり、文脈に応じた「組版(タイポグラフィ)」までは保証しないという、現在の技術的特性に関する一般的な理解。

marz 無償のデザインコンサルをご希望の方は、Squareにて:
無料のコンサルを予約する ▶︎
marz 直接メールにてメッセージを送りたい方は、Marz宛に:
メールでメッセージを送る ▶︎
marz 月額¥99,800のデザイン7種パッケージをはじめました!:
デザインサブスク頁を見る ▶︎
Copyright © 2025 MARZ DESIGN All rights reserved.