第1回では、「なぜ今、中小企業が欧文組版の『細部』にこだわるべきか」について、その体裁が企業の「信頼性」に直結するという、ビジネス上の理由を解説しました。

「なんとなく」で処理された欧文デザインが、気づかぬうちにグローバルな機会損失を生んでいる危険性がある、というお話です。

「神は細部に宿る」とは言うものの、多忙な経営者様やマーケティング担当者様が、分厚い「Oxford Style Manual」のすべてを読破し、組版の専門家になる必要は全くありません。

しかし、「何が間違いか」を知らなければ、その問題を「認識」することも、「改善」を指示することもできません。

AIツールに「いい感じにやっといて」と曖昧な指示を出しても、AIは(まだ)文脈を汲んだ「品格」までは自動で保証してくれないのです。

そこで第2回となる今回は、欧文組版の世界における「これだけは知っておきたい」という最も基本的かつ重要な「基礎ルール」に焦点を当てます。

これらは、Oxford Style Manualをはじめとする権威あるスタイルガイドが共通して重視するポイントであり、これらを押さえるだけで、貴社のウェブサイトやビジネス資料の「印象」は劇的に変わります。

デザイナーやAIに、具体的かつ的確な指示を出すための「共通言語」として、ぜひご一読ください。

組版の「品格」は記号で決まる:引用符(Quotation Marks)

欧文組版において、最も目立ち、そして最も多くの「素人っぽさ」が現れてしまうのが、引用符(文章を ” ” や ‘ ‘ で囲む記号)の使い方です。

日本語の「」(カギ括弧)が明確な形を持っているように、欧文の引用符にも「正しい形」が存在します。

多くの日本企業、あるいはデザインを意識していないWeb制作者が陥る最初の罠が、この「形」の違いを認識していないことです。

間違い:“まっすぐ”なインチ記号(Dumb Quotes)

皆さんが、PCのキーボードで(特にWindowsのメモ帳やテキストエディタなどで)「Shift + 2」や「Shift + 7」を押したときに、そのまま入力される記号を見てみてください。

" " (ダブル)
' ' (シングル)

これらは、まっすぐ、垂直に立っています。

タイポグラフィの世界では、これらを「Dumb Quotes(ダム・クオート:愚かな引用符)」あるいは「Straight Quotes(ストレート・クオート:まっすぐな引用符)」と呼びます。

なぜ「愚か」とまで呼ばれるのか。

それは、これらが本来、文章を引用するための記号ではないからです。

これらは、タイプライターの時代にキーの数を節約するために生まれた「代用品」であり、その主な用途は「インチ(inch)」や「フィート(feet)」といった「単位」を示すための記号(プライム記号の代用)でした。

専門的な訓練を受けた欧米の読み手にとって、文章の中でこの「まっすぐな」引用符が使われていることは、日本語で言えば、公式なビジネス文書がすべて「ギャル文字」で書かれているような、強烈な違和感と「素人っぽさ」を与えます。

「この会社は、デザインや体裁に全く無頓着なのだな」と即座に判断されてしまう、非常に危険なサインです。

正解:“カーリー”な引用符(Smart Quotes)

では、「正しい」引用符とは何でしょうか。

それは、テキストの文脈に応じて「開く」形と「閉じる」形がデザインされた、曲線的な引用符です。

“ ” (ダブル)
‘ ’ (シングル)

これらは「Smart Quotes(スマート・クオート:賢い引用符)」あるいは「Curly Quotes(カーリー・クオート:巻き毛の引用符)」と呼ばれます。

ご覧の通り、始まり(66のような形)と終わり(99のような形)で、明確に形が異なります。

これこそが、何百年という印刷の歴史の中で培われてきた、文章を「読む」ためにデザインされた、本来の引用符の姿です。

現在のWordやGoogle Docs、あるいは多くのWebデザインツールは、自動で「Dumb Quotes」を「Smart Quotes」に変換してくれる機能(スマートクオート機能)が搭載されています。

しかし、WebサイトのCMS(WordPressなど)の古いテンプレートや、プログラミングコード、テキストエディタからの単純なコピー&ペーストが、この「自動変換」を妨げ、「Dumb Quotes」のまま公開されてしまう事故が後を絶ちません。

Oxfordスタイルにおける「シングル」と「ダブル」

さらに一歩進んだ話として、「Oxford Style Manual」(イギリス英語の基準)と、アメリカ英語のスタイル(例:「The Chicago Manual of Style」)とでは、このSmart Quotesの使い方に「好み」の違いがあります。

  • Oxford(イギリス)スタイル:主たる引用には ‘シングル引用符’ を使い、その引用の中での引用(入れ子)に “ダブル引用符” を使うことを推奨する傾向が強い。
  • アメリカ(シカゴ)スタイル:主たる引用には “ダブル引用符” を使い、その入れ子に ‘シングル引用符’ を使うのが一般的。

例:
イギリス式: ‘He said, “My name is John.”’
アメリカ式: “He said, ‘My name is John.’”

経営者様が、この違いを暗記する必要はありません。

重要なのは、「自社の発信において、どちらかのスタイルに『統一』すること」です。

アメリカ市場向けならアメリカ式に、ヨーロッパ(特にイギリス)向けならイギリス式に統一する、あるいは、どちらかに決めたら、自社のWebサイト全体で一貫させる。この「一貫性」こそが、Oxford Style Manualが最も重視する「プロフェッショナルな姿勢」なのです。

「つなぎ」と「区切り」の芸術:ハイフンとダッシュ

引用符と並んで、欧文組版の「地雷」とも言えるのが、キーボードの右下にある「-」(ハイフン)キーの扱いです。

多くの人は、このキーで入力される短い横線(ハイフン)を、すべての「横線」の用途に使ってしまいます。

しかし、Oxford Style Manualをはじめとする専門的な組版ルールでは、この横線は、その「長さ」と「用途」によって、厳密に区別されます。

1. ハイフン(Hyphen:-)

これが、キーボードで直接入力できる、最も短い横線です。

  • 用途:単語と単語を「つなぐ」ために使われる。
  • 例:
    • state-of-the-art(最新鋭の)
    • e-mail(Eメール)
    • two-thirds(3分の2)
    • 行末で単語が分割されるとき(ハイフネーション)

ハイフンは、あくまで「複合語」を作ったり、単語を分割したりするための「連結」の記号です。

それ以外の用途で使うべきではありません。

2. Enダッシュ(En Dash:–)

Enダッシュは、ハイフン(-)よりも少し長く、アルファベットの「N」の横幅に(おおよそ)由来することから、そう呼ばれます。

  • 用途:主に「範囲」や「関係性」を示す。
  • 例:
    • May–July(5月から7月まで)
    • 9:00–17:00(9時から17時まで)
    • pages 10–25(10ページから25ページ)
    • Tokyo–Osaka route(東京=大阪ルート)

多くの日本企業が「9:00-17:00」や「10-25P」のように、ハイフンで代用してしまっている部分です。

これは、欧文組版においては明らかな「間違い」です。

「範囲」を示したい場合は、ハイフンではなく、必ずEnダッシュ(–)を使うのが正しいルールです。

3. Emダッシュ(Em Dash:—)

Emダッシュは、Enダッシュよりもさらに長く、アルファベットの「M」の横幅に由来すると言われています。

  • 用途:文章の「区切り」「中断」「挿入」、あるいは文末での「強調」を示す。
  • 例:
    • The solution—as we discovered—was surprisingly simple.(その解決策は—私たちが発見したように—驚くほど単純だった)
    • He had only one goal: success—whatever the cost.(彼にはただ一つの目標しかなかった:成功—いかなる犠牲を払っても)

Emダッシュは、日本語の「—」(ダッシュ)や、括弧()に近い役割を果たします。

特にアメリカ英語で多用される傾向があります。

Oxfordスタイルでの「ダッシュ」の好み

ここでも、Oxford(イギリス)スタイルは独自の見解を持っています。

Oxford Style Manualでは、Emダッシュ(—)よりも、「前後にスペースを入れたEnダッシュ( – )」を、文中の挿入句に使うことを好む傾向があります。

例:The solution – as we discovered – was surprisingly simple.

経営者様にとっての最大の教訓は、ハイフン(-)、Enダッシュ(–)、Emダッシュ(—)は、それぞれ「別の役割を持つ、別の記号」であると認識することです。

特に「範囲」を示す(例:9時〜17時)場合に、キーボードのハイフン(-)をそのまま使っていないか?

貴社のWebサイトを今すぐチェックしてみてください。

これは、非常に簡単に「プロっぽさ」を演出できる、費用対効果の高い修正点です。

「間(ま)」が読みやすさを生む:スペーシング(Spacing)

日本語の組版は、基本的に文字をマス目にきっちり詰めていく「ベタ組み」が基本です。

しかし、欧文は「単語」と「単語」の間にスペース(空白)を入れて読み進める言語です。

この「スペース」の扱い方こそが、読みやすさの核心です。

句読点とスペース:絶対のルール

これは最も基本的ですが、最も守られていないルールの一つです。

  • 間違い:Hello.World.(ピリオドの後にスペースがない)
  • 正解:Hello. World.(ピリオドやカンマの後には、必ず1つの半角スペースを入れる)

また、タイプライターの時代の名残で「ピリオドの後はスペースを2つ入れる」というルールを(特にアメリカで)教わった世代がいますが、現代のデジタル組版においては、ピリオドの後のスペースは「1つ」が標準です。

Oxford Style Manualもこれを支持しています。

2つ入れると、不自然な「穴」が空いたように見え、可読性を損ねます。

括弧(かっこ)とスペースの扱い

日本語の「()」の使い方に慣れていると、欧文でも間違いを犯しがちです。

  • 日本語の感覚:この文章 (This sentence) は間違っています。
  • 欧文のルール:括弧の外側にはスペースを入れ、内側にはスペースを入れない。
  • 間違い:This ( text ) is wrong.
  • 正解:This (text) is correct.

WebサイトのCMSに日本語と英語を混在させて入力する際、この「括弧」の全角・半角や、前後のスペースの有無が混乱し、非常に読みにくいレイアウトを生み出す原因となります。

数字と単位(Units)のスペーシング

これは、Enダッシュと同様に、専門家と素人を分ける大きなポイントです。

  • よくある間違い:10kg, 100m, 20°C
  • 国際的なルール(SI単位系)およびOxfordスタイル:数字と単位の間には、原則として「半角スペース」を入れる。
  • 正解:10 kg, 100 m, 20 °C

「10kg」のように詰めて書くのは、非常にアマチュアに見えます。ただし、これには例外もあります。

  • 例外(スペースを入れないことが多い):
    • パーセント記号:50%
    • 通貨記号(前に付く場合):$100, ¥5,000
    • 角度(°):90°(※ただし、温度の「摂氏(°C)」の場合は、Cの前にスペースが必要)

ここでも重要なのは「一貫性」です。

自社の技術資料やWebサイトで、あるページでは「10kg」なのに、別のページでは「10 kg」になっている、という状態が最も信頼性を損ねます。

「自社は、数字と単位の間にスペースを入れる」というルールを一つ決めることが重要です。

なぜ「斜め」にするのか?:イタリック体(Italics)の戦略

最後に、強調(Emphasis)のルールについて触れます。

日本語で強調したい場合、私たちは「」で囲んだり、太字(ボールド)にしたりすることが多いでしょう。

欧文でも太字は使われますが、それと同じくらい「イタリック体(斜体)」が重要な役割を果たします。

イタリック体の正しい役割

Oxford Style Manualによれば、イタリック体は以下のような場合に戦略的に使用されます。

  • 1. 強調(Emphasis):文章の中で、特に「その単語」を強く読ませたい時。
    • 例:I *really* want to go.(私は「本当に」行きたい)
  • 2. 書名・作品名(Titles):本、雑誌、新聞、映画、アルバムなどのタイトル。
    • 例:I read *The Times*.
      (※日本語の『』に近い役割)
  • 3. 外来語(Foreign words):英語の文脈において、まだ一般的でない外国の単語(ラテン語、フランス語など)を使う時。
    • 例:He has a certain *je ne sais quoi*.(彼は「言葉にできない何か」を持っている)

イタリックを「持たない」フォントの悲劇

ここで、AI時代の中小企業が直面する大きな問題があります。

それは、Webサイトや資料で使っている「フォント」そのものです。

日本語のOS(WindowsやMac)に標準で入っているフォント、特に「ゴシック体(サンセリフ)」の多くは、「イタリック体」をデザインとして持っていません。

そのフォントに「イタリック体」のデータがない場合、Wordやデザインソフトは、どうするか? 答えは、「元々の文字を、機械的に無理やり『傾ける』」という処理をします。

これを「オブリーク体(Oblique)」と呼びます。

「本物のイタリック体(True Italic)」は、斜めになることを前提に、文字の形(例:aの形)から美しくデザインされ直しています。一方、「偽物のイタリック体(Oblique)」は、ただ傾けただけなので、非常にバランスが悪く、読みにくい、素人っぽい見た目になります。

欧文を本格的に扱うのであれば、「Regular(標準)」「Bold(太字)」そして「Italic(イタリック体)」が、一つの「ファミリー」として揃っている欧文フォントを(必要であれば有料でも)導入し、Webサイトに設定することが、デザイン戦略上、極めて重要です。

まとめ:AIはルールを知っている、だが「実行」は人間(デザイナー)の仕事

今回、第2回として、以下の基礎的なルールを見てきました。

  • 「Dumb Quotes(” “)」ではなく、「Smart Quotes(“ ”)」を使う。
  • 「範囲(9-17時)」を示すには、ハイフン(-)ではなく「Enダッシュ(–)」を使う。
  • 「句読点の後」や「数字と単位(10 kg)」の間には、正しく「スペース」を入れる。
  • 「イタリック体」を効果的に使い、そのためにも「フォントファミリー」を選ぶ。

これらは「細かすぎる」ルールでしょうか?

いいえ、これらは欧文の「読みやすさ」と「品格」を担保する「最低限の土台」です。

面白いことに、現代の高性能なAI(ChatGPTなど)に「Oxford Style Manualに基づいて、9時から17時までと書いて」と頼めば、AIは「9:00–17:00」と、Enダッシュを(おそらく)正しく使って出力します。

AIは「ルール」を知識として知っているのです。

しかし、問題は「その後」です。AIが出力したその「テキスト」を、貴社のWebサイトや資料に「実装」する(コピー&ペーストする)のは、人間か、あるいは別のシステムです。

その瞬間に、フォントが対応していなかったり、CMSが記号を勝手に変換してしまったり、レイアウトが崩れたりします。

AIが「知識」を提供し、プロのデザイナーが「品格」を実装する。この「協業」こそが、AI時代のデザイン活用の鍵となります。

次回、第3回は「ビジネス資料とWebで即効く『組版の実践テクニック』(実践編)」です。

今回学んだ「基礎ルール」を踏まえ、Webデザインやプレゼン資料で「やってはいけない」レイアウト(例:不自然な改行、行末に残された1語)など、より「見た目」に関わる実践的なテクニックを深掘りします。


出典先リスト

本記事(第2回)は、特定の外部URLからの直接引用ではなく、欧文組版の標準的な知識体系に基づき、筆者の知見と分析を加えて構成されています。参照されている主なスタイルガイドおよび概念は以下の通りです。

  • The New Oxford Style Manual (Oxford University Press): イギリス英語の権威あるスタイルガイドとして、本記事のテーマの中心。特に、シングル引用符の優先や、Enダッシュの使用法に関する参照。
  • The Chicago Manual of Style (The University of Chicago Press): アメリカ英語の主要なスタイルガイド。Oxfordスタイルとの比較(例:ダブル引用符の優先)のために参照。
  • 一般的なタイポグラフィの原則: 「Dumb Quotes vs. Smart Quotes」の区別、ハイフン・Enダッシュ・Emダッシュの機能的な違い、SI単位系(国際単位系)におけるスペーシングのルール、イタリック体(True Italic vs. Oblique)の概念など、標準的な組版の知識。

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